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大宮町 (静岡県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
おおみやまち
大宮町
大宮町鉄道馬車会社の碑
大宮町鉄道馬車会社の碑
大宮町章
大宮町章
大宮町章
1934年4月1日制定
廃止日 1942年6月1日
廃止理由 新設合併
大宮町富丘村富士宮市
現在の自治体 富士宮市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 静岡県
富士郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 23.52 km2.
隣接自治体 富丘村、北山村富士根村鷹岡町岩松村富士川町庵原郡松野村
大宮町役場
所在地 静岡県富士郡大宮町
座標 北緯35度13分19秒 東経138度37分18秒 / 北緯35.22197度 東経138.62167度 / 35.22197; 138.62167 (大宮町)座標: 北緯35度13分19秒 東経138度37分18秒 / 北緯35.22197度 東経138.62167度 / 35.22197; 138.62167 (大宮町)

富士地域の町村制施行時の町村。15が大宮町。(16.富岡村)
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大宮町(おおみやまち)は静岡県富士郡に存在していたである。現在の富士宮市の中心部にあたる。

来歴

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  • 1889年(明治22年) 4月1日 - 大宮町が発足。
  • 1932年(昭和7年) 4月21日 - 大宮町大火。約1200戸焼失。約7500人が被災した[1]
  • 1942年(昭和17年) 6月1日 - 富丘村と合併し市制施行。県内で7番目の市制施行で、富士郡では初である。当時(市制施行以前)の大宮町の人口規模は約2万6000人とされ[2]、富士郡の中心地であった。

経済

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産業

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農業

『大日本篤農家名鑑』によれば大宮町の篤農家は、「菅沼正作、池谷佐平、塩川定次郎、塩川廣作、塩川乙吉、野村徳兵衛、都築泰輔、渡邊里次郎、石川勇平、山本正造、高野久吉、塩川忠平、菅沼與五郎、深澤健三郎、佐野徳次郎、篠原久次郎、角田大逸、三宅總七、角田雄五郎、望月重太郎、久保田福次郎、米山米作、山本寅次郎、鈴木今吉、大竹義道、大井忠義、土屋勝太郎、高瀬牧太郎、小池由兵衛、角田泰三」などである[3]

文化

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かつては駿河国富士郡に属しており、主に富士山本宮浅間大社門前町としての顔を持つ。古より六斎市が行わる商業地であり、後に今川氏真により楽市令が発布された。

富士氏の根拠地でもあり、中世以降常に富士氏の影響下にあった地である。地理上駿河国と甲斐国を結ぶ地であり、中道往還が位置している。そのため、駿河と甲斐間での争いの際は、大宮は常に政治的緊張にあった。また、駿河から伊豆国へ至る街道を結ぶ場所でもあったため、宿場町としても栄えた。古より富士参詣の道者が来訪し、道者達は湧玉池で禊を行い水垢離を行ってから登拝を行った。

出身・ゆかりのある人物

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脚注

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  1. ^ 被災七千五百人、町役場も焼ける『東京朝日新聞』昭和7年4月23日(『昭和ニュース事典第4巻 昭和6年-昭和7年』本編p57-58 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  2. ^ 富士宮市公式
  3. ^ 『大日本篤農家名鑑』240頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年9月6日閲覧。

参考文献

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  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。

関連項目

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外部リンク

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